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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15593号 判決 1991年9月24日

原告

宮越機工株式会社

右代表者代表取締役

宮越豊

右訴訟代理人弁護士

福島栄一

井上康一

鈴木正具

牧元大介

被告

グールド・インク

右代表者社長

ジェームス・エフ・マクドナルド

右訴訟代理人外国弁護士資格者

トーマス・エル・ブレークモア

右訴訟代理人弁護士

大塚正民

安田三洋

木村眞

田中徹

右訴訟復代理人弁護士

上柳敏郎

小島延夫

納瀬学

主文

一  別紙一目録(一)記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  別紙一目録(二)記載の事実に基づく原告の被告に対する不当利得返還債務が存在しないことを確認する。

三  別紙一目録(一)記載の事実に基づく原告の不法行為又は同目録(三)記載の被告のノウ・ハウに対する原告の侵害行為についての被告の原告に対する差止請求権が存在しないことを確認する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告に対して請求の趣旨記載の各債権及び差止請求権を有する旨主張している。

2  よって、原告は、右各債権及び差止請求権が存在しないことの確認を求める。

二  被告の主張

1  原告は、被告の銅箔製造に関する秘密情報を入手すべく、三井金属鉱業株式会社(以下「三井金属」という。)と共謀し、デール・シー・デンバー(以下「デンバー」という。)から右秘密情報を入手したのであって、被告は、原告に対し、別紙二請求目録記載の各請求の根拠に基づき、請求の趣旨記載の各債権及び差止請求権を有する。

原告が違法に入手した被告の秘密情報は別紙三被告の主張に記載のとおりであり、入手の具体的な態様は以下のとおりである。

2(一)  被告は、長年の間銅箔製造に従事している世界でも数少ない会社の一つである。銅箔は、現在電子機器用のプリント基板の製造のために広く用いられている。

(二)  昭和五七年被告は、日本における合弁企業へ移転する目的で、銅箔製造に関する自社内の専門技術を集約し、その結果得られた情報は、(1)情報操作要領のマニュアル、(2)機械及びシステムの図面及び(3)必要な装備のリスト等の書類にまとめられた。さらに被告は、これらの書類を被告の他の工場でも使用できるように、別のコピーも用意した。

(三)  これらの書類には、(1)電気溶解室の建設及び運転方法、(2)銅箔を保護するための表面処理過程、(3)銅箔を形成する土台となる大きなドラムをクロームメッキし磨く過程、(4)必要な機械及び部品に関するリストなど被告の企業秘密が含まれていた。

(四)  デンバーは、被告の従業員であった当時その職務を通じて右書類に接触することができた。

(五)  デンバーは、昭和五八年に被告を退社し、銅箔製造工場の建設及び運転方法に必要な技術を含む技術コンサルティング情報の販売提供を開始した。

3(一)  昭和五八年八月から九月にかけて、三井金属の関係者はデンバーとアメリカ合衆国オハイオ州で交渉を持ち、銅箔の表面処理の技術の売買について話し合い、同年九月中旬ころにもデンバー及び同人が社長兼株主であるデンバー・テクノロジーズ・インク(以下「DTG」という。)の従業員は、三井金属の関係者とアメリカ合衆国内で更に会合をもち、技術の売買について話し合った。

(二)  同年一〇月一二日ころ、デンバー及びDTGの従業員は、ニューヨーク州フーシックフォール所在の、三井金属が実質的に所有する銅箔製造工場において、三井金属の、関係者と会合を持ち、右会合においてデンバー及びDTGの従業員は、DTGが売却を予定している銅箔の表面処理に関する技術の説明を行った(その際、三井金属側から右技術が被告の企業秘密に触れるのではないかとの指摘がされた形跡がある。)。

(三)  昭和五九年三月一二日、三井金属の真瀬和夫は、オハイオ州のデンバーに対し、「現在のところ日本又は台湾に建設計画中の銅箔製造工場のために、表面処理に関するシステムについてのデザインとエンジニアリングを当社に提供してもらいたい。」との手紙を送付した。

(四)  同年四月ころ、三井金属の銅箔事業部長亀山重夫がデンバーと直接会合をもったのをはじめ、三井金属の関係者とデンバーは度々会合の機会をもった。

(五)  同年七月二七日三井金属は、デンバーに対し、従前の関係を解消する旨の通告をし、表面上は関係を絶った。しかしながら、これは、以下のように契約当事者を三井金属から原告に変えた上で、デンバーから原告に被告の企業秘密を流出させるための仮装にすぎなかった。

4(一)  原告の取締役岡本裕(以下「岡本」という。)は、昭和五九年八月二日付の手紙でDTGに対し、「たまたまさる筋からDTGの存在を教えられたので、是非取引したい。ついてはDTGの会社案内、技術関係の説明資料などを送って欲しい。」旨申し入れた。これを受けて、同日付で直ちにデンバーから原告に対し、銅箔事業計画案及びDTGと原告との契約書案が送付された。

(二)  同月七日付の岡本からデンバーへの手紙によると、原告のある顧客がDTGから供与される技術に興味を示しているとのことであった。

(三)  同月一〇日には岡本からデンバーに英文の契約書案が送付され、この契約書案についてオハイオ州のデンバーと東京の原告との間で数多くの連絡交渉が行われた。

(四)  同年九月初めデンバーは、日本を訪問し、その際原告に対し同年八月一三日付の改定契約書案を提示した。両者の間ではその後更に連絡交渉が行われた。

(五)  同年一〇月一日デンバーが再度来日し、原告とDTGは技術援助契約を締結し、右契約に従い、原告は同月二日オハイオ州クリーブランド市のデンバーの口座に四八、六八二米ドルを送金した。

(六)  デンバーは、同月九日フランス法人トレフメトーの関係者とパリにおいて会合した際、三井エンジニアリングと技術援助契約を締結したこと及びDTGの技術に関心をもっている顧客とは三井金属であることを述べた。ちなみに三井金属の子会社として、東京都中央区に本店を有する三井金属エンジニアリング株式会社が存在する。

(七)  同年一〇月から一一月の初めにかけて、デンバー及びDTGの従業員は、技術援助契約に従い、オハイオ州所在のDTG事務所においてデザイン又はエンジニアリングサービスを行い、その結果作成された数百点に及ぶ技術的図面、技術的デザインその他の技術的書面が、DTGから東京の原告に送付された。

(八)  同年一一月中旬ころデンバー及びDTGの関係者が来日し、東京で原告とDTGの技術会議が開催された。その際デンバー及びDTGの関係者の宿泊予約はヒデオ・ミナミ名義で行われたが、この人物は三井金属エンジニアリング株式会社の従業員であった。また、右技術会議には三井金属の社員も参加した。

(九)  オハイオ州に戻ったデンバーは、DTGの他の従業員とともに、DTG事務所から更にデザイン又はエンジニアリングサービスを行い、その結果数十点に及ぶ技術的図面等が原告に送付され、原告はこれらの図面に関連してデンバーと頻繁に連絡を取り合った。

5(一)  被告は、昭和五九年一一月二七日三井金属に対し、三井金属が被告の企業秘密を違法に盗取しつつある旨の警告書を提出した。

(二)  デンバーは、原告に対し、被告が動き始めた旨の手紙を同年一二月五日付で送ったが、同時にデンバーはこの後も引き続き原告と連絡を取り、原告に追加の技術的図面をオハイオ州から送付し、原告はこれを昭和六〇年一月一九日ころ東京で受領した。

6  昭和六〇年三月七日被告がデンバーをアメリカ合衆国内で訴えると、原告及びDTGは同月一一日付で技術援助契約を合意解除する旨の契約を締結した。

三  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は否認する。

2  同2(一)ないし(四)の事実は知らない。

3  同3(一)ないし(四)の事実は不知、3(五)の事実は否認する。

4  同4(一)のうち、昭和五九年八月二日付の手紙で岡本がDTGに取引の打診をしたことは認め、その余の事実は否認する。

5  同4(二)のうち、同月七日付で岡本からデンバーに手紙が出されたことは認め、その余は争う。

6  同4(三)のうち同月一〇日付で岡本からデンバーに契約書案が送られたことは認め、その余は争う。

7  同4(四)のうち、同年九月来日したデンバーと原告との間で技術指導に関する契約の交渉が行われたことは認め、その余は争う。

8  同4(五)の事実は認める。

9  同4(六)の事実は知らない。

10  同4(七)の事実は否認する。

11  同4(八)のうち、同年一一月中旬ころ東京で原告とDTGの技術会議が開催されたことは認め、その余の事実は否認する。

12  同4(九)の事実は否認する。

13  同5(一)の事実は知らない。

14  同5(二)の事実は否認する。

15  同6のうち、昭和六〇年三月原告及びDTGが技術援助契約を合意解除する旨の契約を締結したことは認め、その余の事実は知らない。

三  準拠法に関する双方の主張

(原告)

1 不法行為の準拠法について

(一) 法例一一条一項にいう「原因たる事実の発生したる地」は、不法行為の加害行為地を含むところ、本件で被告が主張する、原告による被告の専有フォイル情報の入手という重要な行為が東京で行われている以上、準拠法は日本法である。

(二) 不法行為の一部がアメリカ合衆国オハイオ州で行われたとしても、法例一一条二項及び三項が、一項により決定される準拠法が外国法の場合にも、不法行為の成立要件及び効果の両面から日本法による制約を認めている趣旨からすると、抵触する二つの法律の一つが日本法で、日本の法廷でその請求の当否が争われている場合には、日本法のみを準拠法とするものと解すべきである。

この結論は、平成元年法律第二七号による改正前の法例二七条一項ただし書(現法例二八条一項ただし書)の類推によっても導かれる。

(三) 不法行為の「原因たる事実の発生地」が二つの法域にまたがって主張される場合の準拠法については、個々の不法行為の種類に応じて、換言すれば不法行為制度の機能の差異に注目して、行動地を基準にするか結果発生地を基準にするかを使い分けるべきである。

本件は、原告による被告のノウハウの盗取を問題にするものであるから、過失責任の支配する偶発的不法行為の類型に属するのであって、不法行為当時意思活動の行われた場所、つまり行動地を基準にして準拠法を決めるべきである。

すなわち、被告の主張によれば、原告とDTGとの契約締結交渉及び技術援助契約の締結というノウハウを入手するための不可欠な前提行為並びに原告とDTGとの技術会議というノウハウの入手行為そのものが、いずれも東京で行われており、原告の関係者が技術援助契約に関連してアメリカ合衆国に渡った事実はないから、行動地は日本というべきであり、準拠法は日本法である。

2 不当利得の準拠法

(一) 法例一一条一項にいう「原因たる事実の発生したる地」は、不当利得の利得変動をもたらした行為又は事実の発生した場所を指すところ、本件で被告が主張する、原告の利得行為の中心となる被告の専有フォイルの入手が東京で行われている以上、準拠法は日本法である。

(二) また、仮に不当利得行為の一部がアメリカ合衆国オハイオ州内で行われたとしても、前記改正前の法例二七条一項ただし書(現法例二八条一項ただし書)の類推により、準拠法は日本法となる。

(被告)

1 本件で原告が判断の対象となるべき法律関係として特定したものは、被告がアメリカ合衆国における訴訟において主張している法律関係であるから、準拠法も被告がアメリカ合衆国における訴訟において適用あるものと主張している法律であって、つまりアメリカ合衆国オハイオ州の法律が準拠法になる。

2 そうでないとしても、原告の特定した法律関係、すなわち、不正競争、企業秘密の盗用、不当利得などは、いずれも法例一一条一項の不法行為又は不当利得に該当するものであって、かつ、法例一一条一項にいう「原因たる事実の発生したる地」とは、本件の場合アメリカ合衆国オハイオ州であるから、準拠法はオハイオ州法になる。

そして、本件のように外国におけるノウハウの保持者が、ノウハウの外国における侵害行為について、日本で損害賠償債務の不存在確認を訴求された場合には、法例一一条二項は適用されない。

第三  証拠<省略>

理由

一  準拠法について

1  債務不存在確認訴訟の準拠法は、審理の対象とされている債務の性質に応じて、法例の規定に従って決められるものである。本件で、原告が不存在の確認を求める債権及び請求権は、請求の趣旨に従えば不当利得返還請求権並びに不法行為による損害賠償請求権及び差止請求権であるし、また、被告がアメリカ合衆国内における訴訟で求めている、不正競争、企業秘密の盗用、不当利得などに関する請求権についても、その法律的性質は法例一一条にいう不法行為及び不当利得に基づくものに該当すると考えられる。したがって、本件の準拠法は、法例一一条の解釈に従って決められるべきであるといえるから、同条一項にいう「原因たる事実の発生したる国の法律」が準拠法となる。

法例の適用を問うことなく、原告が判断の対象として特定した法律関係が準拠法になるという被告の主張は独自の見解であって採用できない。

2 そこで検討するに、被告が原告の侵害行為として捉えているのは、原告とDTGとの技術援助契約の締結及びこれに基づく情報の入手であるところ、これらはいずれも東京で行われ、右契約締結のための連絡交渉や、昭和五九年一一月中旬ころの原告とDTGの技術会議も東京で開催されたことは当事者間に争いがないから、被告主張にかかる原告の違法行為の極めて重要な部分が日本国内で行われたことになる。したがって、日本において不当利得又は不法行為の原因たる事実が発生したということができるから、日本法が準拠法になるというべきである。

3  この点につき、被告の主張を前提とすれば、確かにデンバーは技術的図面を作成するなどアメリカ合衆国内でも活動しており、また原告と共謀関係にあるという三井金属もアメリカ合衆国内で、ノウハウ侵害のための準備行為としてデンバーと接触したことになる。しかしながら、これらの行為は、被告の主張する一連の侵害行為の流れからすると、むしろ違法行為としての重要性の面において、2記載の行為より劣るものである。また、被告は三井金属と原告との共謀を主張するが、右共謀の行われた場所がアメリカ合衆国内である旨の主張、立証はなく、原告の関係者が一連の侵害行為に関連してアメリカ合衆国に行った旨の主張、立証もない。したがって日本国の法律かアメリカ合衆国(オハイオ州)の法律のいずれかを準拠法としなければならないという二者選択を迫られた場合には、主たる違法行為が行われた日本国の法律を準拠法にするのが妥当である。

二  ノウハウの特定について

原告が、本訴において、原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務、不当利得返還債務及び被告の原告に対する差止請求権が存在しないことの確認を求める以上、被告は右各債務及び差止請求権が存在する旨の主張、立証を尽くさなければならず、そのためには、損害及び利得の基礎となる被侵害利益、つまり被告が侵害されたと主張しているノウハウの内容について、主張立証しなければならない。そして、右のノウハウの内容については、被告主張のルートによって原告が入手した銅箔製造に関する技術情報のうち、いかなる部分が被告の営業秘密に属するのか、少なくとも原告においてその秘密性の有無につき十分に防御を尽くすことができる程度にまで特定することが要求されるものである。

しかしながら、被告のノウハウに関する主張は、要するに、

(1)  被告のトリートメントの技術は一九八四年以前は世界一早いものであった。

(2)  被告は、表面処理を高速化するための接触ローラーへの電気、電流の移動方法に関する技術を有していた。

(3)  被告は、高速化に伴って銅箔が破れたり皺になったりしないようにするための、処理ラインの張り具合のモニタリング、制御及び調整の機械装置に関する秘密技術情報を有していた。また、高速化により銅箔に沿って表面から出る化学的溶液の量が増えすぎないようにするための、処理ラインの上部ローラー支持部や接触ローラーに関する秘密情報を有していた。

(4)  被告は他にも、メンテナンスを容易にするために、処理ラインのローラー支持部の構造に関する秘密技術を有していた。

等主張するにとどまるものであって、銅箔製造過程のどの工程に被告のノウハウが含まれているのかが抽象的に言及されているにとどまり、具体的にどのような点において被告の開発技術が他社の有するものと比べて優れた特徴があり、非公知の技術として法的保護に値する財産的価値を有するのかという観点からの主張を一切していない。

被告は、裁判所の求釈明にもかかわらず、原告が技術援助契約に基づきデンバーから供与されたサービスの中から、被告が不当に侵害された旨主張するノウハウを選びだして特定することを、公開の法廷ではできないとして拒んでいる。被告は、原告の提訴から六年半余、当裁判所が裁判管轄権を有する旨の中間判決から二年余を経過した今日に至るまでノウハウの内容の具体的な特定を拒否し続けてきたのであって、被告は本訴の審理において被侵害利益の主張立証を尽くす意思がないものと考えざるを得ない。

以上の次第であるから、被告が債務の存在につき主張及び立証を尽くさないことが明らかである以上、債務不存在の確認を求める原告の請求は理由がある。

なお、原告の文書提出命令の申立(平成元年(モ)第一三九一号)については、取調べの必要がないものと認め、これを却下する。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官永田誠一 裁判官田代雅彦)

別紙<省略>

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